カルロスが子供時代に果たさなかった約束についての対話中、ドン・ファンが言います。
「男の子が泣いているのが『見える』」
「ぼくの息子?」
「ちがう」
このやりとりの結果、カルロスには息子がいることがわかりました。
この息子についてはいずれ詳しく書くことになりますが、妻のマーガレットと別の男性との間に生まれた男の子、Cho-cho(C.J. Castaneda)のことです。
追記)カルロスの「息子」は、この時点(1969年4月24日)で8歳です。
泣いているのが息子ではないとわかり、他に思いついた子供を言ってみるがみな違うと言われます。彼はいまも泣いていて傷ついている、とドン・ファンがいいます。
「そうだ!ボタン鼻だ」
カルロス自身も忘れていた子供の頃のともだちのあだ名をドン・ファンが言い当てたことによりカルロスが8つの時の記憶が蘇ります。
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母はその二年前に死んでおり、わたしは母の姉妹の間をたらいまわしにされて最もいやな地獄のような生活をしたのである。
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実は、カルロスの母親が亡くなったのはカルロスが25歳の時だという事実が分かっています。
追記)この年齢は、Amy Wallaceの著書から引いていますが、他の情報では24歳と書いてあります。ひとまず、このままにしておきます。
これをカルロスの虚言癖の果てとみるか、「履歴を消す」ための方便とみるか?
少なくともカルロスの子供時代の話はすべて疑ってかからねばなりますまい。
叔母の子供たちにいじめられていた生活の中、詳しくは書かれていませんが、そのイトコたちとの戦いに勝った結果、勝つことに執着するようになっていたそうです。
そんな自分を学校でボタン鼻というあだ名で呼ばれていたジョアキンという1年生が慕ってくれていました。
慕われていたのにいつもいじめていて、ある日度が過ぎて大怪我をさせてしまったという話を告白します。(分離176)
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後悔したカルロスは、彼が治ったら二度と勝ち誇るなどということはすまいと約束したのである。
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これが忘れていた約束だったのです。
ドン・ファンに自分の約束を変えるんだと言われますが、具体的にどうしたらいいのか教えてくれません。もうじきどうすればいいかわかるさ、と言うだけです。
自分の必要とするものをゼロにすることを学べば本当の贈物が与えられるそうです。
約束を変えると”見る”ことができるようになるのでしょうか?
この顛末については守護者を打ち負かせたのかという話同様その後はっきりしません。
何度も書きますが、ドン・ファンのシリーズには落とし前がつかないエピソードが多いです。そこが逆に真実ぽさを醸し出しているともいえます。
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カルロスは、なぜドン・ファンがカルロスの過去を知っていたのか?といぶかります。もしかすると「わたしが非日常的現実状態にあるときに話したのかもしれないとも思った」(分離178)
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ここでいう「非日常的現実状態」は、ラリっている状態のことだと思います。一瞬、「高められた意識状態」のことか?と思ったのですが、この時期はカルロスは、「高められた意識状態」で過ごしている時間についてはまだ気づいていないはずです。
ところで母親が亡くなった時期がウソならボタン鼻の少年とのエピソードもウソの可能性があります。ウソだとするとドン・ファンはカルロスのウソの過去を言い当てたことになります。
カルロスを励ますためか、ドン・ファンが告白します。
ウソでもいい話なので引用します。
「わしも一度誓いをたてたことがある」
「わしはオヤジに、殺した奴に必ず復讐してやると約束したのさ。何年かはその約束を守ったが、今じゃ約束も変わった。だれかを殺すなんてことには何の興味もなくなったのさ。メキシコ人も、誰も憎んじゃいない。人が一生かかって旅する無数の道はどれも同じだってことを学んだんだ。迫害者も被害者も最後にゃ顔を合わせるんだ。確かなことといえばその両方にとって一生なんぞというものはひどく短いってことだけだ。わしが悲しくなるのはオフクロとオヤジの死に方のせいじゃなく、二人がインディアンだったからさ。インディアンらしく生きてインディアンらしく死んだ。だが何よりも自分たちが人間だってことを知らなかったんだ」(分離179)
(初出:2016年8月23日「分離9 こどもの頃の約束(2)」)